Bartok Gallery  アーティストへの道
INDEX HOME MAP 規約 member What’s New 掲示版 リンク

第6話 『どうやってイラストレーターになったの?池田八惠子

『どうやってイラストレーターになったの?』この質問、微妙に弱っちゃうんです。

だって、私がイラストレーターになったのは、ズバリ『運』だから…。

しいていえば、ぐうたら魂の結晶?


私の美術的なことの根底を考えると、 家が縫製工場だったので 布やボタン、糸見本とかの『色』に囲まれて育ったことと・・・

それから 、一緒に住んでいたおじさん 彫刻家だったから、 ギャラリーや美術館に行く機会が多かったことぐらいかなぁ。

もちろん! 私は 物心ついたころから 絵を描くことが大好きで、 友達とか 先生の似顔絵とか描いて みんなに見せる、典型的な『クラス1目立つヤツ』!

マンガっぽい絵を描いていたから、受験デッサンがある美大をすんなり諦め、アニメーションでもいっか!と 映像学科に入りました。


ところが、映像学科には アニメーションの実習の授業がなく 『監督って何?』 くらいの知識で入った大学4年間。

自主制作映画を作ったりで、卒業する頃には すっかり『ニセ映画人』の出来上がり!

いきなり社会に放り出され、今まで何げなく使ってた機材とかが実は高価で、今じゃ全然使えないことに愕然!

なんか、空き巣にでもあった気分でした…。


仕方がないから、『とりあえずバイトでもしよっかな〜』なんて近所のパン屋でバイト!

イヤイヤだったのにやってみるとすごい楽しくて、しまいにはパンまで焼いてました。

でも、1年半くらい経ったある日…潰れてしまうことに!



さて困った。こんな楽しいバイトそうそうないし…。

そんな時、誰かが言った一言。


『オマエ絵描けんじゃん!』


そうだった!絵を描いてお金をもらえばいいんだ!!


とりあえず、掲示板でたまたま見つけた『カットお願いできる人募集』の書き込みに応募はしたものの、あとはどうやっていいか分からない。

でも、その案自体 ノリみたいなとこあったし、友達とフィルムセンターの『映画講座』に出たりしてました。

その講義が終わって携帯を見たら、知らない番号からバンバン不在着信が入ってる。なんか…すげぇ恐えぇ。


すっかりイタ電だと信じきってたその電話、応募した書き込みの返事でした。

編集長が私の絵をとても気に入って、ぜひ会いたいと言っているらしい。

なにぃ〜!!?

しかも、この気に入ってくれた絵は パン屋が潰れてしまうのでの記念に描いた、仲間とパンを焼いている思い出の絵でした。

ともかくも、なんだか分からないまま打ち合わせに行くことに。

これが私のスタートでした。


でも、この時点で私は『イラストレーター』という職種を全然知らなかったのです…。



ファックスもパソコンもない状態で、私を起用してくれた編集長には、とっても感謝してます。

その後も、仕事でいろんないい出会いをして、色々教えてもらったり…


そうやって一つ一ついろんな人に成長させてもらいました。

徐々に、プロ意識も強まってきたように思います。

もし就職してたら確実に上司!な人が私のことを仕事の相棒として対等に思ってくれることは、とってもありがたいことで、いつもそんな方々の期待以上のものを出そうとはりきってます。

『あせらず1つ1つ、自分の与えられたことを一生懸命やれば、結果は必ずついてくる!』

その言葉を信じて、前進あるのみ!



学生時代に友達やその親、先生とかに絵をあげたりしてたら

『やえちゃんのファンなの』って

私の絵を喜んでくれる人もたくさんいたことだし、

相手が編集者とかになった持ち込みもきっと同じで、

より多く私の絵を気に入ってくれる人に出会えたらいいなぁ〜、なんて思ってます。

だから、見てくれるだけで十分!

私がイラストレーターになったいきさつと、今の心構えはこんな感じです。

お気楽な私の日常をもっと知りたい方は、ホームページを見てみて下さい!

---------------------------------------------------------------

池田八惠子

1977年東京生まれ。
東京工芸大学を卒業後、フリーランスのイラストレーターとして活動中。

池田八惠子のサイト『ヤエパチ・ドットコム!』
http://www.yae-8.com/



© 2003-2005 Bartok Gallery.All Rights Reserved.  (info@bartok-eye.com)
このホームページの写真イラストデザインなどの無断転載・複製を禁じます